syoinstory’s blog

未知との遭遇塾 開始

未知との遭遇とは?

        未知との遭遇塾の開設   2015年 5月

「物事の本質を学ぶ」塾を開設しました。

塾の目的と主旨について、概略を述べてみました。

「塾及び塾の受講内容」について

塾の座右の銘

「人は,何のために生まれ、何のために存在しているのか。」

自然界からのメッセージであり、人間及び人間社会の存在理由が問われている。

「人生は、生きる喜びと生きている事の素晴らしさを学ぶ、時間と空間の世界である。」

時間と空間は、自然界の命の営みから生まれてきた世界である。

塾の教育スタンス

物事の本質を学ぶ事、物事の理を学ぶ事、物事の摂理を学ぶ事を教え示す事である。

塾の目的は、

人間社会の新しい世界への旅立ちの道案内である。

その触りを少し、述べてみたい。

例えば、

自然界を学ぶ事は、人間社会の、本来在るべき姿を学ぶ事になる。

それは、未だ、遭遇した事がない未知の世界を、発見する事に繋がる。

と同時に、夢と希望のある、未知との遭遇の世界に向けての、新しい人生の始まりでも

ある。

人間社会は、未成熟のまま、現在まで、維持継続し続けてきたと言う、事実の確認である。

即ち、人間が作り出した人間社会は、全て、不完全で、未完成の世界である事を知る。

現実を、正確に、洞察する事は、新しい道を切り開く事になる。

具体的に例題を挙げて説明すると、

例えば、

時間は、自然界の命の営みの産物である。

時間は、常に、一定であり、不変であり、不動である。

空間は、自然界の命の営みの産物である。

空間は、奥行きと深さを持った、情緒の世界である。

奥行きは、心の奥行きであり、夢と希望の世界である。

深さは、心の深さであり、愛と規律と意思を持った心の情緒の世界である。

時間と空間は、自然界の進化した命の営みの世界である。

生きる事は、仕事である。

仕事は、自然界を守る事である。

生きるために食べる事は、自然界を守る事である。

食べるために生きる事は、自然界を破壊する事である。

自然界の存在理由は、命を守る事である。

人間の存在理由は、命を守る事である。

自然界(宇宙を含む)は、命を守る、無限の多種多様な種類の組織の集団である。

地球と言う星も、等しく、同様に、命を守る、無限の多種多様な種類の組織の集団である。地球は、自然界の組織によって守られている生命体である。

現存する人間社会は、男社会を軸にした縦組織の社会である。

現存する人間社会の組織は、個人的利益を守るために形成されきた社会である。

現存する人間社会は、その存在理由が問われている。

自然界の組織は、本能の世界の組織であり、命を守る事が、仕事である。

自然界の組織の中枢は、本能的に、危機管理能力によって、守られている。

人間社会の組織は、危機管理能力を喪失した、空洞化した、形骸化した組織の社会となっている。

自然界の摂理は、人間が自然界の一部である以上、男女が、お互い助け合って生きていく事が必然であり、自然界のルールと異なる組織は、自然界に於ける、人間としての、人間の組織としての、自らの存在理由を、問われることになる。

人間社会の存亡の危機である。

                                    以上

次に、

21世紀を展望するに当たって、現存の人間社会について、考察してみたいと思う。

現在の人間社会は、上記に述べたように、男社会の縦組織の世界である。

しかし、

自然界の存在理由は、自然界を守る事であり、自然界を守る事は、命を守る事であり、それが役割と責任であり、自然界の仕事なのである。

従って、人間社会も同様に、人間の存在理由は、命を守る事であり、それが、同時に、役割と責任であり、仕事なのである。

男性も女性も、共有する普遍的価値観は、命を守る事であり、命である。

人間社会は、男社会でもなく、女社会でもない、男性と女性の世界が一つになる事であり、男性の能力と女性の能力が同一に発揮される事により、真の人間社会は、形成されていく。

現在の男社会と縦組織の人間社会は、人間として、人間的にも、人格的にも、能力的にも、家庭人としても、社会人としても、職業人としても、半人前の人材でしかなく、常に、人間社会に発生する数多くの問題を、解決することなく、先送りし、未解決の問題を放置したままの状況で、人生を送っている。

未解決の問題の先送りの常態化は、人間社会の崩壊を招く主たる原因となっている。

男社会の縦組織の人間社会は、既に、国家としての運営・維持・管理の能力の限界を超え、唯,ひたすら、退化の道を突き進んでいる。

自然界は自らの能力の限界を知り、危機管理能力であるバランス感覚が機能し、その能力を発揮する。

自然界の組織の能力の素晴らしさである。

自らの能力が、能力の限界を超えている事を認識できない事は、自らの環境を破壊している事に気づく事は不可能である、と言う事である。

人間社会の組織は、既に、空洞化し、形骸化し、同時に、人間自身の心の退化が、突き進んでいる。

「自らの能力の限界を知る事は、人生の新しい道を切り開く道標となる。」

                                    以上

バランス感覚について

自然界の機能の本質は、バランス感覚である。

そして、自然界の機能の中枢である。

バランス感覚は、言い換えれば、危機管理機能である。

人間社会も、自然界と同様に、組織の機能の中枢は、バランス感覚の機能を保有する事である。

人材育成は、自然界のバランス感覚の機能を学ぶ事である。

人材育成は、「シンプル イズ ザ ベスト」の世界を学ぶ事である。

シンプル イズ ザ ベスト は、危機管理機能の本質である。

                                以上

次に、男社会の能力について観察分析すると、下記の通りである。

前記で述べたように、

現代社会に於いて、男社会の能力は、限界を超え、人心の空洞化と、組織の形骸化が進行し、退化した人間社会となっている。

男社会と縦社会の組織能力の限界が、既に、峠を越え、収拾のめどが付かない状況に、陥っている。

言い換えれば、

男社会の世界は、無節操、無秩序、無原則の人間社会を形成してきた。

縦組織の社会は、無駄の世界を放出し続けてきた。

所謂、ゴミの山を、長い間、長期にわたって、形成し続けてきた。

今、現代社会の生活環境は、混乱、混迷、混沌の様相を、呈し始めている。

男社会の能力の限界である。

自然界は、完全で、完成された世界である。

人間社会は、不完全で未完成な世界である。

自然界と人間社会の相違を学ぶ事が、人材育成の要である。

自然界は、必然の世界であり、偶然の世界は、存在しない。

原因と結果の一致する世界である。

自然界の思考は、帰納法的思考である。

人間社会の思考は、演繹法的思考である。

                                   以上、

人々が学ぶ世界を、少しだけ、紐解いて見ました。

次に、コンサルタントと言う仕事について、

コンサルタントの能力について、考えてみると、

コンサルタントの仕事は、企業運営の方向性や将来性について、観察し、分析し、洞察して、結果を導きだす仕事である。

従って、

企業の方向性や将来性を、導くためには、市場に対すると予見性や計画性を備えた能力が求められる。

更に、予見性や計画性に基づいた市場を観察し、分析し、更に、総合力である、洞察力を駆使して、真のマーケットの青写真を描く事が、企業の将来の展望を、描く事になる。

企業の将来性や方向性を描いた青写真を描く時、真に求められる事は、使用する言葉の「正確さと、透明さ」が、生命線となる。

更に、重要な事は、人間の思考についてである。

人間社会の思考は、思考の論法が帰納法ではなく、演繹法による方法によって作成されている事である。

「目標、先にありき」が、帰納法の思考の基本である。

目標の着地点が確認できない以上、先へ進む道は、存在しない。

研究者は、研究課題の原点を知る事である。

それが、自らの能力の限界を知る方法である。

人材育成の課題は、人材育成の原点を知る事である。

未知との遭遇塾の原点は、学ぶ事を教え示すことであり、最終目標は、人材育成にたどり着く事である。

以上のように、未知との遭遇塾の受講内容を、少しだけ、紹介しました。

                                      以上

新しい組織と新しい仕事作り出すための戦略戦術を作成し、企画立案する事である。

仕事の基本は、無駄を省く事であり、無駄をしない事であり、無駄がない事である。

組織の基本も、仕事と等しく、同様である。

                                      以上

教育方法

講義

出張講義が前提条件

講義時間

3時間を上限とする。

受講者人数

幹部社員以上で、10人を上限とする。

報酬

大企業  100万円

中企業  70万円

小企業  30万円

未知との遭遇塾の受講について、

大・中・小・の企業の受講の申し込みは、それぞれの企業の担当者と面談の上決定。

国家公務員・地方公務員・団体職員・教職員等々については、面談の上、受講受付を決定。

                                      以上